2011年12月24日土曜日

金正日総書記の死去

   北朝鮮の金正日総書記が死去しました。

 北朝鮮というと、やはり思うのはまず拉致問題。テポドンや去年の韓国の島への砲撃事件もありました。

 それ以外にも、80年代から、ビルマの首都ラングーン(現ミャンマー・ヤンゴン)での韓国大統領一行に対する爆弾テロ(1983年)、日本のイカ釣り漁船への銃撃(84年)、大韓航空機爆破事件(87年)など、さまざまな無法行為を起こしてきました。

 私は80年代は未成年でしたが、夫はよく覚えていると言っています。
 特に大韓航空機爆破事件は、社会党などが北朝鮮を非難もしないなか、日本共産党はいち早く「北の犯行だ」とズバリ指摘したとのことです。
  
 日本共産党は、旧ソ連や中国(毛沢東派)の党にたいしてもそうでしたが、北朝鮮・朝鮮労働党とも正面切ってたたかってきた政党です。
 こうした無法行為を日本の政党のなかでもっとも厳しく批判してきました。
 
 そういう立場だからこそ拉致問題でも厳しく追及し、88年に共産党の橋本敦参院議員が否定できない幾つもの事実をしめして迫り、北朝鮮による拉致の疑惑(当時はまだ疑惑の段階)を日本政府に初めて認めさせました。

 その後も、不破さんが「交渉ルートを開け」と国会で提起し、その方向で動いていくなど、日朝間の問題の解決へ努力してきました。

 しかし、北朝鮮は「社会主義」を名乗る国なので、日本共産党も仲間だと宣伝され、そのため誤解する人もいて、私たちは大分損をしてきました。

 いずれにせよ今回の死去を契機に、拉致や核など国際的な懸案の解決、東アジアの平和へ、前向きにすすんでいくことを願います。
 自由も民主主義もなく、国民を抑圧する国内体制も変わらなくてはいけません。


 志位さんが金総書記死去にあたって、テポドン事件以来の日朝関係と日本共産党の果たした役割、今後の打開の方向について発言しています。こちらです。
 簡潔ですが、深いです。ぜひご覧ください。

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